トイレの清掃をお願いしたら、「私の仕事ではありません」と断られた。どうすればよいか?

石川 恵
石川 恵 社会保険労務士

院長のためのクリニック労務 Q&A

 

~採用・労働契約編8~

 

Q:トイレの清掃をお願いしたら、「私の仕事ではありません」と断られた。どうすればよいか?

A:労働契約書に業務内容を明記し、清掃は仕事の一環であることを伝えてください。ただし、伝え方は工夫をしましょう。

 

 

業務内容はクリニックの実状に合わせて、わかりやすく

    使用者は、業務遂行のために労働者に対して指示または命令をする権限を持ちます。労働者は、使用者の指揮命令を受けることを前提として、労務を提供する義務を負っており、その法的根拠はお互いの合意を示す労働契約にあるといえます(電電公社帯広局事件 最判昭61.3.13)。

    そのため、まず掃除を断られたときに「それはあなたの業務ですよ」と伝えるために、最低限その業務内容を労働契約書内に記しておくことが大切です。すべての業務内容を記載することは難しいかもしれませんが、単に「受付業務」や「診療の補助」という文言のみだけでなく、「清掃業務・クリニックの運営に係る業務・その他院長から指示のあった業務」など、ある程度広い業務内容が該当するような表現にしておくことがポイントです。

 

「合理的な範囲」を逸脱してしまうと認められないこともある

     ただし、業務命令も「合理的な範囲」を逸脱してしまうと認められないことがあるので注意が必要です。最高裁の判決でも、「業務命令の範囲は、日常の業務に限られず、職場環境の整備なども含まれる。ただし、その内容が社会通念上相当な程度を超える過酷な業務であったり、ことさらに労働者に不利益を課すことを目的とすることは許されない」とされています(国鉄鹿児島自動車営業所事件 最判平5.6.11)。具体的には、組合のマーク入りのベルトの取り外し命令に応じなかった組合員に、就業規則全文の書き写しを命じたことが人権

侵害行為とされた事例(JR東日本(本荘保線区)事件 最判平8.2.23)や、お茶くみが女性のみに強制され、お茶くみをしないことを理由にした解雇が無効となった事例があります(与野市社会福祉協議会事件 浦和地決平8.3.29)。

    ただ、クリニックの清掃を行うことは十分本来業務に付随する範囲のものであると考えられますので、労働契約書に記載があればそれで十分です。

 

 

 

 

従わなければ解雇に該当する可能性もある

    上記のように労働契約書に記載しているにもかかわらず従わない、指導しても直らないということであれば、解雇要件に該当します。軽微な違反1回だけで解雇することはできませんが、再三指導しても改善の見込みがないということになれば、解雇の十分な理由になります。

 本人なりの「正当な」理由が存在する場合は、それがクリニックの理念、院長の方針に沿っているものであるかどうかが問題となります。例えば、困ったスタッフが聞きかじった知識で、「トイレは汚染度が高いので、業務以外で感染リスクを負うのはおかしい」などという理由をつけてくることもあります。確かに、生命・身体に対する危険を伴う業務命令が無効になった判例はありますが、それは特殊業務(海の中や高所での作業など)にかかわる話であり、クリニックの受付かトイレかという程度では、生命・身体の危険とまで判断されないと考えてよいでしょう。

 業務命令が有効な以上、クリニック全体が、「私たちは清潔な空間を維持します」とうたっている中で1人だけベクトルが異なる方向を向き、「感染のリスクがあるのでしません」と主張することは認められません。繰り返し指導し、それでも1人だけ絶対に掃除をしないということであれば、当初の労働契約違反と業務命令違反で解雇要件に該当すると考えられます。就業規則を作成しているクリニックでは、就業規則の解雇事由に記載をしておくと、それも1つの根拠になります。

 ただし、スタッフも命令されるばかりでは主体的に業務を進めてくれませんので、「いい方・伝え方」には工夫が必要です。単に、「掃除をしなさい」ではなく、「トイレはもっとも汚れる場所だからこそ、患者さんに気持ちよく過ごしてもらえるようにしましょう。それがプロの仕事です」など、目的や目指す方向をしっかり伝えてあげることも大切です。

 

 

クリニックの基準はルールブックで浸透を

 細かい行動については、クリニックで大切にする行動指針としてルールブックにまとめ、浸透を図るのが効果的です。スタッフは何もいわずにいるとそれぞれの価値観で動いてしまいますので、「うちのクリニックで働く以上は、この行動をスタンダードと捉えてください」というメッセージを見える化することが目的です。このルールブックは、学校の生徒手帳をクリニック用に仕上げたものをイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。「院長から指示を受けたら“はい”と返事をして快く受けましょう」「トイレは組織の鏡です。1時間に1回はチェックし、清潔な状態を保ちましょう」というような表現で、クリニックが大切にする行動を書き出していきます。

 その他、「5分前行動を徹底しましょう」「ドアは最後まで手を添えて閉めましょう」「忙しそうなスタッフがいたら“手伝いましょうか?”と一声かけましょう」など、基本行動やチームワークに関する項目を入れることもあります。

 ルールブックは、採用時に渡しただけではなかなか読まれないため、十分な浸透を図るためには、朝礼で1項目ずつ読み合わせを行うなど、随時目にする機会を作ることが大切です。そうすると、ルールブックに書かれていることを「知りません。聞いていません。」とはいえませんので、バラバラな価値観の距離を近づけていくことができます。

 「やむを得ないときを除き、クリニック内で個人携帯などの電子機器を充電するのは避けましょう」とルールブックに載せたところ、これまで当たり前になっていた個人携帯の充電がなくなったクリニックもあります。もちろん、どこまで細かい内容を記載するかについては検討が必要ですが、院長が直接いいにくいことは、書面の方が伝えやすいというメリットもあります。

 

 

まとめ

1.労働契約書の業務内容は、想定される内容を具体的に列挙し、最後に「その他院長から指示のあった業務」など、業務内容を包括する表現を記載する。

2.労働契約に記載しているにもかかわらず、業務命令に従わず、改善の見込みがない場合は解雇事由に該当し得るが、繰り返し指導したかどうかがポイントとなる。

3.ルールブックを作成し、クリニックの大切にする行動を共通認識とするとともに、指導のツールとして活用する。

 

書籍「院長のためのクリニック労務Q&A」(小社刊)より

 

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