募集内容と異なる労働条件で採用することはできるか?

石川 恵
石川 恵 社会保険労務士

院長のためのクリニック労務 Q&A

 

 

~採用・労働契約編4~

 

Q:募集内容と異なる労働条件で採用することはできるか?

A:相手の合意があれば可能です。

 

 

求人広告の法的性格とは

 

求人広告に記載された労働条件が、直ちに労働契約の内容になるということではありません。求人広告は、法律的には「申し込みの誘引」といって、求人募集への応募を誘い、ひきつけるための条件が示されているものと解されています(千代田工業事件 大阪高判平2.3.8)。

 そのため、正式には面接後に事業主が採用したいと思い、労働条件通知書または労働契約書で労働条件を明示し、応募者がそれに承諾した場合に契約成立となります。

例えば、「子どもが小さく、想定していた労働時間に勤務できない」「経験者を募集していたが未経験の人が応募してきた」など、事情によっては広告と異なる労働条件で採用することは十分ありえます。

 ただし、求職者も求人広告に記載された給料や労働条件を想定して応募しますので、広告の内容と実態が合理的な理由なく著しくかけ離れた状況となる事態は避けるべきでしょう。例えると、「スーパーの特売チラシを見て買い物に行ったものの、実物があまりに写真とかけ離れていた」というようなことです。実際にレジで購入しなければ売買契約には至りませんが、信義則上(モラル)の問題が発生します。

また、虚偽の募集広告については法的にも罰則が科されています。(職業安定法第65条第8号「6月以下の懲役又は30万円以下の罰金」)。

 

 

 

労働条件の明示義務

 

労働契約を締結する際には、事業主は労働者に対し給料や労働条件などについて書面で交付しなければなりません。(労働基準法(以下、労基法)第15条第1項)。書面で明示しなければならない事項は以下のとおりです。

 

書面で明示しなければならない事項

1.労働契約の期間

2.就業の場所、従事する業務の内容

3.始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交代制勤務をさせる場合は就業時転換に関する事項

4.賃金の決定・計算・支払いの方法、賃金の締切り・支払いの時期に関する事項

5.退職に関する事項(解雇の事由を含む)

 

 労働者は明示された労働条件が事実と相違する場合はその契約を即時に解除することができるとされています(労基法第15条第2項)。

 注意が必要なのは、求人広告と異なる条件で雇用したいと考えた場合、労働条件の明示をしないと求人広告の記載内容がそのまま有効であると解されるという点です。先の千代田工業事件の判決では、「求人内容と異なる労働条件で採用する場合に、別段の定めをしなければ求人票記載の労働条件のとおり定められたものと解すべきである」とされました。

 

 

 

 

労働条件を明示する際は「労働契約書」を取り交わす

 

労働契約を明示する方法には、2つのパターンがあります。

 

①「労働条件通知書」の発行

②「労働契約書」の締結

 

「労働条件通知書」は事業主が一方的に条件を伝える書面で、「労働契約書」は事業主と労働者がお互いにその条件に合意していることを証明する書面です。いずれの方法でも構いませんが、労働契約法(以下、労契法)では合意の原則のもと、労働契約が成立することがうたわれている点からも、可能な限り労使双方の合意に基づいた「労働契約書」を締結することをお勧めします。

 契約書とは、約束事を明確にするものですが、事業主が約束することと同様、労働者が約束することも明確にしておくとよいでしょう。例えば、「在籍のまま許可なく他の事業所に就業しないこと」「毎月のミーティングには原則として参加すること」など、明記しておくことで防げるトラブルもあります。

 さらに、労働契約書の中に、「自主退職は〇か月前までに申し出ること」「退職時の引き継ぎ義務」などを明示しておくと、労働者もそれに合意したということになるため契約内容を履行する義務が生じます。

 このように、採用時に権利と義務を明記した書類に基づき説明を行った上で、双方が一定のルールに基づいて仕事をすることが望ましいでしょう。もちろん、就業規則を作成しているクリニックであれば、そちらに明記しても構いません。

 いずれにしても、事業主と労働者双方が約束事を守り、信頼関係に基づいて雇用関係を維持するようにしたいものです。

 

 

まとめ

1.求人広告に記載された労働条件が直ちに労働契約にはならないものの、合理性のない条件の変更は避けた方がよい。

2.ただし、募集時に想定していた労働条件と異なる事情のある場合は、条件を変更することができる。

3.不要なトラブルを避けるために、できるだけ労働契約書を取り交わすことが望ましい

 

 

書籍「院長のためのクリニック労務Q&A」(小社刊)より

 

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