2011年8月15日

スタッフとの人事労務トラブル解決法 ~事前に回避するコミュニケーション力で切り抜ける

株式会社日本医業総研 人財コンサルティング部
社会保険労務士/マネージャー 高橋友恵

2010年まで労務管理事務所所長として多数の医療機関クライアントを持つ税理士事務所の労務相
談を一手に引き受け,クリニックの労務管理業務に250件以上に関与する実績を持つ。現在,株式
会社日本医業総研人財コンサルティング部マネージャーとして,クリニックの人財育成に関するコン
サルティング・クリニック向け接遇講師を担当。医療現場特有の女性の職場問題に精通している。

 

人事労務管理で起こるトラブルとは?

スタッフを採用すると,必ずと言ってよいほどトラブルが起こる。
そして同時に,「1人で仕事をしていればこんなこと起こらないのに…」と嘆く管理者をよく見かける。
チームワークを必要とする医療の現場だからこそ,スタッフのトラブルは避けたいと願うのは当然のことだろう。
しかしながら,2011年5月に厚生労働省が発表した「個別労働紛争解決制度施策状況」では,
2010年度の1年間で労働相談が約113万件寄せられている。
その内容は,「いじめ・嫌がらせ」「解雇」「労働条件の引き下げ」など,近年多様化しているのが現状である。
情報化社会になり,スタッフ一人ひとりの個性が豊かになった現代では,人事トラブルは
避けて通れないものになってきている。
では,実際に医療機関で起こる具体的なトラブルにはどんなものがあるのだろうか。
採用から退職まで10項目に分けて考えてみよう。

① 面接でできると言っていた仕事ができずに即戦力にならなかった。
② 試用期間を経過しても,一向に仕事を覚えようとしない。
③ いつまでたっても周りのスタッフとなじめずにいる。
④自分のミスを報告せずに隠そうとする。
⑤ いつも職場に対する不満を口にして後輩を悪い方向に引っ張っている。
⑥新人が入ると定着しない部署がある。
⑦スタッフのやる気が感じられない。
⑧ 言われたことしか仕事ができない,または言われても仕事ができない。
⑨ 退職時,スタッフの配偶者が今までの不満を訴えてきた。
⑩ 自主退職で辞めたはずのスタッフが「不当解雇だ」と訴えてきた。

毎日よくもいろいろなことが起こるものだと感じるほど,人事労務管理上でのトラブルは数え上げるときりがない。
中には,スタッフ育成を諦めたくなる管理者もいるだろう。
しかし,採用した以上は「育てる」義務がある。
その「人材」を「人罪」とするか,「人在」とするか,あるいは「人財」とするかは,労務管理次第である。
一番のトラブル回避策は,「トラブルが起こってから,どう解決したらよいのか」と事後解決策を探すのではなく,
「トラブルが起こらないように事前回避する施策をとる」ことであることを十分に理解する必要があるだろう。

 

トラブルの発生する原因とは?

そもそもなぜこのようなトラブルが発生するのだろうか。
スタッフの能力不足が原因なのだろうか。もちろんそれは否である。
筆者が医療の現場で起こっているトラブルの原因を突き詰めると,次の2つが大きな原因となっていると感じる。
①相手に関心がないことによるトラブル
②コミュニケーション不足によるトラブル
さらに細分化すると,採用時に勤務条件を詳細に伝えていなかったために「聞いていない。
最初に聞いた条件と違う」とトラブルになったり,「この処置くらいはできると思っていたのに」と期待値を高め過ぎて,
育てる前に落胆して諦めたり,有給休暇ばかり主張してくるスタッフを使いにくいと感じたりと,
認識のズレや価値観の違い,相手への配慮不足から起こっている。
〈主な原因〉
コミュニケーション不足,認識のズレ,価値観の違い,期待値水準,相手への配慮,言い回し,タイミングなど
スタッフに関心を持ち,コミュニケーションを多く取ればこういった問題は回避できる。
「初めからできるスタッフはいない」「育成には時間と根気が必要」ということを認識した上で管理していくことが大切である。
自分と相手は違う価値観を持つからこそ,コミュニケーションをとらなければ何も解決しないのだ。

 

新人・中途採用者に対する労務管理術

▶ダメ出しはたくさんしてはいけない
トラブルは,試用期間中の管理方法によって予防できるチャンスがたくさんあることをご存じだろうか。
何事も「最初が肝心」なのである。
「試用期間中,病院が不適格と判断した場合は,試用期間中または試用期間経過後に解雇する」というような
就業規則の文言を一度は目にしたことがあるだろう。
では,具体的に「不適格」とはどういうことなのか考えたことがあるだろうか。
ただ何となく3カ月経過するまで,部署内でOJTを繰り返し,その場で口頭で指導することで
本当に不適格か判定できるのだろうか。
そもそも,何をもって不適格なのか,基準が明確になっているのだろうか。
例えば,自分が新人スタッフだったとして,入職3カ月後にいきなりこう言われたらどう思うだろうか。
「患者からクレームが出ている。声を掛ける時にいつも表情が怖いし,声が小さくて何を言っているか分からないと言われている。
うちの病院にはあなたのような人は合わないからもう来なくていい」
こう言われたスタッフは,「早く言ってくれれば直したのになぜ言ってくれなかったのか。最初は緊張していて顔がこわばっていて,
まだ自信もないから声も小さくなっていただけなのに」と困惑し,師長や病院に不信感を持つだろう。
そして,それを聞いたほかのスタッフが突然,「強く指導する管理者の配慮が足りないのではないか」と不満を持ち,
スタッフと管理者との間に溝ができていくという仕組みだ。

▶スタッフ自身にマイナス点を考えさせる
試用期間は,「解雇権留保付労働契約」と言われている。試用期間経過後の解雇よりも広い解釈での解雇が認められやすいが,
労働契約法第16条で規定する「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,
その権利を乱用したものとして無効とする」という解雇に関する条文は適用される。
試用期間中に,新人スタッフに課題を与え,短期間に再三それをフィードバックし,達成度を判定するという工程を設け,
スタッフ自身にも考えさせる時間をつくろう。そうすることで,万が一試用期間経過後に解雇せざるを得ないほどの状況になっても,
本人の努力不足であることが理解しやすい。
試用期間にかかわらず,簡単に決断した解雇に「良い結果」は待っていない。一度の指導ではなく,スタッフが理解できる言葉を
探しながら再三指導し,時には反省文や改善策の提出を求めるなどの管理を徹底してほしい。
筆者がお勧めするのは,指導内容を理解していないスタッフには,反省文だけではなく「指導された内容が何だったのか」という
細かいところまで本人に書かせることである。
そうすることで,スタッフが「今回の指導をどう感じ取ったか」を把握することができ,その後の指導方法を考えることが可能となる。

 

労務トラブルを防ぐ褒め方や叱り方など

▶人は育てるものである
トラブルが悪化しているケースの中には,師長から「指導するのも疲れたから放任している。いつか自分から辞めてくれないかな」
という話を聞くことがある。
しかし,その問題スタッフの気持ちになってみれば,「上司から注意されることがなく,自分の好きなように行動できる『居心地の良い職場』」
という素晴らしい場と化しているだけである。
そのため,問題スタッフが行動を改善することもなければ,辞めることもないのである。
そもそも,人は育てるものである。褒めたり叱ったりを繰り返しながら,スタッフ自身の心を教育し,ベクトルの向きを合わせていく必要がある。

▶失敗を次に生かす
育てる中で,褒めることと叱ることをバランス良く取り入れていくことでモチベーションが大きく変わる。
叱る際,患者やほかのスタッフの前での叱責や,いきなりきつく叱責する,
または,行動ではなく個性(性格)を否定するようなことをしていないだろうか。
人は自尊心を傷つけられるとモチベーションが下がってしまうことが多い。まずは,いきなり叱らず,「なぜ」そのミスをしてしまったのか
根本の原因が分かるまで,個別に面談をして分析し,失敗を次に生かせるような工夫が必要だ。
しかし,言い方を変えても何度も同じ過ちを繰り返すようであれば,「本気さ」が足りない場合が多い。
その時こそいよいよきつく叱る時期が到来したと思ってほしい。

 

不満を漏らすスタッフほど認められたいと思っている

不満を多く漏らすスタッフほど,「認められたい」と思っている場合が多い。
その多くは,「自分はこれだけ頑張っているのに,なぜ認められないのか」と感じている。褒めることで簡単に解決できるのだが,
実際には「褒める」行為を苦手とする師長は多い。
しかし,実はちょっとした一言でこれを表現することができるのでぜひ実践してほしい。
例えば,「頑張ったね」「ありがとう」「今日はお疲れ様」「だいぶできるようになったね」などの一言を日常の会話にプラスするだけで,

スタッフのモチベーションは上がる。
褒めるというキーワードを加えつつ,「まだ認められない行動や考え方」がスタッフにあれば,併せてしっかり伝えていこう。
そうすることで,行動の改善の速度が速まるのだ。

 

足並みのそろった強い組織をつくるために

労務管理最大の鍵とは,師長がスタッフに関心を持ち,コミュニケーションを取り続けること。
そして,スタッフが次第に「人財」になっていくビジョンを持ち続けて信じて取り組むことにほかならない。
そうすることで,互いの信頼関係が深まり,足並みのそろった強い看護部組織をつくることが可能となるだろう。

 

ポイント

●試用期間の法的効果と,最初にできるトラブル予防策を行う。
●人は育てるものと認識する。
●育てることを諦めない。
●いきなり解雇などは行わない。
●解雇にまつわる法的知識を理解する。

 

日本医業総研 お問い合わせはコチラ

 

(株)日本医業総研 人財コンサルティング部

東京都千代田区神田司町2-2-12 神田司町ビル9階

TEL03-5297-2300 FAX03-5297-2301

お問い合わせフォームはコチラ

お問い合わせ