想定外の承継開業。重視したのは地域から信頼されるホスピタリティ

田中聡彦 先生

医療法人 智絢会 葵クリニック
理事長・院長

2nd stage

大阪市24区内最多の約19万7000人の人口を抱く平野区。

環濠自治都市旧平野郷町は、かつて交通の要諦を擁し、大阪でもっとも早く商業が発展した地とされ、現在の街区は、江戸時代初期の格子状の町割りが、そのまま継承されている。先の戦災を免れたこともあって平野郷所縁の名所旧跡が多数現存するほか、築100年を優に超える木造建築物が軒を並べ、タイムスリップしたような時空を醸し出している。また、夏まつりなどの伝統行事にも、歴史を重んじた地域文化を伝えようとする住民主体の街づくりコンセプトが活かされている。
田中聡彦先生が当地の「葵クリニック」を承継開業されたのは2011年2月。高収益が持続されていたクリニックを引き継ぎ、さらに医療機能を充実させることで、地域からの厚い信頼を得ている。

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自然の流れのままに開業へ

医師という職業に就く人の多くが、多感な少年期にすでに医療への高邁な理想が芽生えていたのではないかと感じることがあります。医師の家系で育てば生活環境から受ける影響が大きいでしょうし、ご自身やご家族の医療に関わる体験、あるいは書物・TVドラマなど、そのきっかけはさまざまでしょう。開業についても、勤務医として積み重ねてきた意識を体内化された論理にまで高め、開業という道に結実したような印象を受けます。
私の場合はというと、職業への特別の意識を持ち合わせていたわけではなく、医学部に入学(富山医科薬科大学)したことがすべての起点で、その延長のままに臨床医へと進み、数多の病院でキャリアを積んだ後に、いずれ開業医になるのだろうという漠然とした流れの中で行動してきた感があります。開業のタイミングも住宅ローンの重荷が下りるのを待ち、次のステップとして第二のライフプランを考え始めた結果ということです

「チャンス」を結ぶ「リスク」

開業に当たっては、医療機器や医薬品の卸業者のほか、開業支援を本業とするコンサル会社とも面談してきました。日本医業総研もその中の1社だったわけですが、医局の先輩がかつて同社のサポートを受けて開業を成功させていたことから、ハードルを感じさせない親近感がありました。
担当していただいたのは、取締役の猪川昌史氏です。仕事への熱い情熱は多くのコンサルタントに共通しますが、猪川氏はさらに端然と座したドライな雰囲気とクレバーさを持ち合わせていました。その印象は今も変わりません。
もちろん、開業に不安がなかったわけではありません。当初は職住一体の戸建て開業も選択肢にありましたが、土地の購入から建物の建築、医療設備を整えるまでの費用を考えるとどうにもリアリティが湧きません。ビル診にしても、何人の患者さんを診なければならないのか、専門領域の循環器を強みに打ち出しても、それだけで経営に必要な患者さんを集められるのか……。そんな不安にも、猪川氏は相変わらずドライで頼もしく、そのあたりが同社の開業実績からくる自信の表れなのかも知れません。
日本医業総研とは、あくまでも「新規開業」を前提としたコンサル契約でしたが、猪川氏から提案されたのは想定外の事業承継案件、「葵クリニック」でした。
本案件の大きな特徴は、まず前院長による営業期間の短さです。猪川氏によれば、通常は開業から20年以上経過し、院長のリタイアに伴う承継が多いようですが、葵クリニックは開業からわずか4年。施設・設備はまだ新しく、医業収益も年間1億円程度が確保されているものでした。また平野区は、かつて私が勤務した育和会記念病院や東住吉森本病院とも近いことから落下傘開業というほどでもなく、連携も期待できそうです。おそらく、猪川氏自身も地の利の優位性を考えて私に提案してくれたのではないかと思われます。
とはいえ、予め一定の患者さんが確保されている案件だけに、承継に必要な金額は、一般的な新規開業の平均を大幅に上回るものでした。金額を算定したのは猪川氏で、前院長にも納得いただけるフェアなものでしたが、承継後のシミュレーションについて猪川氏の作成した事業計画書では、現在の収益が3割ダウンしても、勤務医の収入を下回ることはないことが数値で示されていました。本案件に要する多額の借入金(リスク)は、むしろ大きなチャンスへの投資なのだといえました。
前院長はなるべく早期にフェードアウトして、勤務医に戻ることを希望されている様子でしたので、他の案件とじっくり比較検討することもなく、私は1ヵ月足らずで猪川氏の提案に乗ることにしました。もっとも、平野区という立地を聞いた時点で、半分気持ちが傾いていたような気もします。

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前院長から引き継がれた経営ノウハウ

承継を受ける約2ヵ月前に勤務先病院を退職した私は、そのまま葵クリニックの診察に加わることになりました。これは保険医療機関の指定期日の遡及指定があってのことでしたが、診察室で前院長の横に立って診療スタイルを観察し、移行がスムーズになるよう徐々に私のスタイルに変えていくようにしました。患者さんの引き継ぎについては、前院長の提案もあって、看護師の妻が私よりも1ヵ月早く診察に加わることで継続したコミュニケーションを図ることができました。
さらに、前院長からはクリニック経営に不可欠なレセプト請求業務や、看護師への依存度を減らすオペレーションなど、病院勤務では知ることのできなかったノウハウをレクチャーいただき、運営に対する不安のハードルが解消されました

地域ニーズにアジャストした医療機能

病院の外来とクリニックでは、前提として機能が異なります。基本的に前者は急性期を中心に精微な検査や入院治療を必要とする患者さんを対象とし、後者は高い専門性を発揮しながらも、地域の幅広い患者層に対するプライマリケアと慢性疾患への対応が期待されますから、本来両者は外来機能を補完する関係にあるといえます。
そこで掲げた私の診療方針は、総合内科専門医として小児から高齢者まで地域のすべての方々に内科領域全般にわたる標準的、かつ高度な医療を提供すること。またプライマリケア機能としては日常的に発症頻度の高い疾患への診察と、適切な医療へつなげる最初のアクセス先としての役割を明確化しました。
日常の実践で私が重視するのは、患者さんとの対話です。適切な医療を提供することは当然ですが、一方で患者さんが医師の技量を正しく評価するのは困難ですから、まずは信頼関係を築くことがスタートラインです。とりわけプライマリケアでは対話の中から患者さんの主訴と望まれる治療を読み解き、最善の方法をともに見つけることが相互の信頼感を醸成させることになります。中には治療以前の対話によるコンサルテーションだけで精神的な平穏を取り戻し、満足される方もいるわけです。
また、承継後に加えた機能として、エコーを導入して検査の範囲を広げることと、理学療法によるリハビリ機能の充実、さらに在宅診療にも対応するようにしました。在宅については、外来に影響しないよう、午前診察の終了後から夕診の始まる17時までの時間を充てて1日3~4人の患者さんを訪問、常時40人程度の患者さんを診ています。
承継当初の1~2ヵ月は、10%程度収益を落としましたが、3ヵ月目でほぼ回復し、半年後には承継前の平均を上回ることになりました。

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追う立場から追われる立場に

事業承継した時点でのカルテナンバーを見ると最新は4000番台、その後6年が経過した現在で8000番台ですが、レセプト枚数(実患者数)自体は以前と比べても大きくは変わりませんから、感覚的に半分程度は承継後に獲得した患者さんのように感じられます。では、引き継いだ患者さんの半数が他院に移ってしまったのかというと、必ずしもそうとは言い切れません。高齢者が多いエリアだけに療養型の病院や介護施設に入られる方が少なからずいますし、特養に入居される方は医療依存度が高いものの配置医制度の関係で私たちが直接介入することはできません。また、患者さんは時々の症状に合わせてクリニックを選びますし、地域のクリニックを年単位でローテートしているのではないかと思われる方もいます。
それでも承継後に収益を伸ばし、現在も安定した経営を維持できているのは、私の診療スタイルへの評価だけでなく、地域の開業医の高齢化により、診療に手の掛かりそうな患者さんが当院に集まった結果ではないかと思っています。競合クリニックの代替わりに伴って若い院長が登場しクリニック間の競争が進む今後は、さらに患者さんに選ばれ、魅力的なクリニックとなるように弛まぬ努力が必要と考えます。
承継開業からすでに法人化し、その流れの先に何を見出すのか、課題は尽きそうにありません。

Clinic Data

Consulting reportコンサルティング担当者より

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