医療機能を補完する前勤務先との良好な連携にこだわった立地選定。地域との密な関わりと、高い専門性の周知で良好な立ち上がり

新保 純 先生 インタビュー

北習志野整形外科クリニック
院長

開業から約1カ月ですが、すでに1日100人前後の来院数で賑わっています。予想以上の順調な立ち上がりですね。

他の整形外科クリニックとの比較ができないので、そこは何とも言えませんが、毎日20人前後の新患が確実に積み上がっていることは実感できます。ただ、患者さんへの包括的なリハビリテーションを提供するにはPTの数が不十分で、早急な手当てをしなければなりません。

卒後、千葉大学の整形外科教室に入局されたわけですが、数ある診療科の中から整形に進まれた理由は何でしょうか。

元々は神経系に興味がありました。神経領域に関わる診療科だと脳神経外科、整形外科、神経内科などが思い当たりましたが、歩行が困難だった患者さんが手術後劇的に歩けるようになった実習での経験や、人の運動機能に係わる全身器官を診る医療をやってみたいと思ったこと、また、見学に行ったときの整形外科医局の明るい雰囲気に惹かれたことを考慮し、整形外科を選びました。

最初から内科系の選択肢はなかったわけですね。

内科医というと、何となく頭が良くて、医学理論にも長けたイメージがあって、私にはどうかなと……(笑)。私の場合、子どものころから運動が好きで、手足を動かすこともモノを作ることも得意でしたから。

大学院修了後にベルン大学に留学して基礎研究をされたんですね。

一度は海外生活を経験してみたいと思っていたんです。そのためには、大学院で研究実績を上げれば手っ取り早く受け入れ先が見つかるのではないかと……、ちょっと本末転倒なんですけどね(笑)。大学院では遺伝子の研究をしていたのですが、私の留学志望を斟酌してくれた医局の先輩が、スイスベルン大学の関節軟骨系のグループを紹介してくれました。

ヨーロッパでの留学経験で得られた気づきは何でしょうか。

アメリカは人種の坩堝などと言われますが、共通の言語を話し、画一的なものの考え方や排他的な風潮もありますから多様性には欠きます。ヨーロッパ内陸国のスイスは4つの言語圏から成り立ち、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語を公用語としていますから、自然と多様性が形成されてきました。矛盾を抱えながらも、多様な価値観を受容し、個の考えを大切にし合いながらヨーロッパの一国としてまとまっているのがスイスです。また、現地のセレブが集まるテニスクラブでは、日本人の私を快く迎え入れてくれ、本音で語り合うことができました。これは先人たちの努力の賜物なのでしょうが、勤勉さ、緻密さ、正確さ、礼儀、もてなしなど日本人を心からリスペクトされていました。「多様性と寛容さ」、これは当時の私にもっとも欠けていた人としての有り様だったように思います。この気づきは、帰国以後の医師人生に大きく影響を与えただけでなく、クリニックの理念の一つにもなっています。

ところで、大学病院や関連の基幹病院での急性期医療で力を発揮されてきた中で、どこかに開業志向というのはあったのでしょうか。

それが全然なかった(笑)。手術は好きでしたし、人間関係も良好でしたから病院勤務医として役割を全うするのも悪くないと考えていました。ただ、昔から新しいもの好きで、面白そうなもの、興味を惹かれるものは一度は見てみたいという性分から、医師免許が活かせるもう一つの道である「開業」には潜在的に興味があったのかもしれません。

弊社コンサルタントの小畑とは、杉岡先生(すぎおかクリニック、杉岡充爾院長)からの紹介でしたね。

前職の船橋市立医療センター勤務から開業される先生はごく少数です。私が勤務してきた11年間でも、内科から開業されたのは私の知る限り杉岡先生お一人です。杉岡先生とはテニス仲間で、千葉県内の病院対抗テニスでもダブルスを組んだ間柄です。先生のクリニックが大成功されていると聞き、最初に相談に伺いました。開業はまだ決めかねていたのですが、「だったらいいコンサルを紹介するよ」となったわけです。

北習志野メディカルプラザでの開業は、医療センターとの連携を意識されたわけですね。

船橋市立医療センターは、本当に困っている患者さんにとっての最後の砦と言えるだけの医療提供ができている病院です。人、技術、設備、すべてに優れていますから、手術や入院を必要とする患者さんを送る際のプライオリティは医療センターということになります。ただ、医療センターや自宅との距離、整形外科に必要な設備と広さ、適正な賃料等の条件を満たそうとすると物件探しは容易ではありませんでした。小畑さんも冷や汗を額に浮かべながらいろいろ手を尽くしていただいたのですが、まさに袋小路に迷い込んだところで医業総研のモール開発の企画が浮かび上がりました。新築ビルで設計の自由度が高く、競合クリニックに千葉大学整形外科医局出身者もいません。自宅からも近く、私にとっては地縁もあり、医療センターとの距離も問題ありません。ここなら気兼ねなく思い切った医療ができると確信しました。

整形外科だと、多くのリハビリスタッフも含めた質の高いチーム医療と、特に先生のリーダーシップが問われますね。

開業から一月経ってその重要性を改めて認識したのが組織です。開業では小畑さんの目利きで優れたスタッフを揃えることができましたが、人数が多い分、色々な個性が相補の関係を構築していかなければなりません。最近、徐々に私が指示しなくても自主的に動いてくれるような状況になりつつあります。これが院内に根付いたら、私のやるべきことはクリニックの進むべきベクトルを示し、部門別に目標を共有した運営システムを作っていくことだと思っています。しかし、結果を急ぐドラスティックな変革は組織内の軋轢を誘発します。医療センター時代の恩師にリーダーシップについて考えをお尋ねしたところ、部下にリーダーシップを執っていることを感じさせずにリーダーシップを執ることだと教えられました。実際に恩師は、私も含め個性派揃いの整形外科部門にあって、時間をかけて自然に一体化した組織風土を醸成させてきました。スタッフ全員が完璧である必要はなく、むしろ凸凹であってもそれぞれの強みや能力を存分に発揮し、相補を促すことに心がけていきたいと思います。

開業後、先生ご自身に変化はありましたか。

勤務医から開業医に転じたところで、最良の医療を提供するということに関しては、自分の中の何が変わるというものではありません。ただ、寝ても覚めても、それこそ四六時中仕事のことを考えるようになりました。勤務医時代には10時間集中力を持続し手術を行ってきた経験が何度もあります。外来がどんなに忙しくても、この手術に勝る疲れはありません。ところが、予後の安全が確認できたら、あとは完全にオフタイムで夜もぐっすりと眠ることができます。稲盛和夫氏は、創設期の京セラに布団や鍋を持ち込み、早朝から深夜まで研究に没頭されたといいます。「集中」と「没頭」の違い。稲盛氏の「没頭」という言葉の重みが、少し理解できてきたような気がします。

北習志野整形外科クリニック
院長 新保 純 先生

院長プロフィール

1994年 金沢大学医学部卒業
千葉大学 整形外科学教室入局
1995年 千葉大学整形外科関連病院(千葉市立海浜病院、柏市立病院、千葉県がんセンター
麻酔科、公立長生病院、景翠会金沢病院、鴨川市立病院、県立佐原病院、小見川
総合病院)勤務
1999年 千葉大学大学院 医学研究科
2003年 医学博士学位取得
2004年 スイス ベルン大学病理学 客員研究員
2007年 船橋市立医療センター 整形外科 副部長
2018年 北習志野整形外科クリニック 開設

Clinic Data

北習志野整形外科クリニック

整形外科 リハビリテーション科 リウマチ科 スポーツ整形外科

千葉県船橋市習志野台1-38-11 北習志野メディカルプラザ1F・2F

TEL: 047-456-3078

https://kitanara-seikei.com/

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